ぶるぶるノート

道をお尋ね申されたとき

俺は人見知りである。心構えする間もなく他人に話しかけられたらそりゃもう脳内ワニワニパニック。それでもまあ、ちょっとしたことなら適当に相槌うっておけばなんとかなる。

しかし筋道ある回答を相手から求められるとしんどろもんどろな返答しかできなくなる。まさにそういう状況に該当するのが道を尋ねられたときである。まともに回答できた試しがない。

高校の帰り道、自転車で駅へと向かっていたら、向かいからやって来たおばちゃんに急に呼び止められた。努めて平静を装うがその時点でもうパニックである。

「駅ってどっちにあるか分かる?」とおばちゃん。

あ? 駅って何駅だよ? 主語をもっと明確に示せよ? と脳内で悪態をつきつつ、「○○駅ですか?」と、今現在俺が向かっている駅名を聞いてみた。

「えっ! ○○駅!? この近くって△△駅だよね?」と驚くおばちゃん。

そっちかよ。

まあたしかに、この近辺の主要な駅といえば△△駅だ。○○駅は小さい。

しかしおばちゃんに驚かれたことによって俺のパニックは加速し、○○駅への道順が出てこなくなっていた。というかそもそも○○駅なんて1回しか行ったことがなく、もともと道順はうろ覚えである。

とりあえずおばちゃんは今の歩いている方向で合っているかを気にしているようだったので、合っているとだけ教えて難を逃れた。

しっかりと道を教えることはできなかったが、これは間違いがなかっただけマシなケースである。最悪なのは間違いを教えてしまうことだ。

またもや高校の帰り道。道端にトラックが止まっていた。

俺がその横を通りすぎようとした瞬間である。トラックの窓から突然おっさんが上半身を乗りだし、「ちょっとちょっと!」と俺に向かって呼びとめてきた。

おばちゃんのときとは比べものにならない大パニックである。おばちゃんのときは向かい側からおばちゃんが来ていることに気づいていた。つまり少しは心構えができていた。しかしトラックから突然おっさんが出現し呼びとめてくるなど予想外も甚だしい。これではちっとも心構えする余裕がない。

おっちゃんは微笑みながら「○○中学ってどこにあるか分かる?」と聞いてきた。

母校じゃねえか。分かるもなにも俺の母校だわ。ここから十数分で行けるわ。

しかしやはりここは人見知りである。大パニック中である。

母校へ行くにはここからちょっと戻った先にある小さい橋を渡らなければならない。しかしそのプロセスを教えるための言葉すら、大絶賛パニック中の俺には浮かばない。

「えーっと……あっち」と、俺は橋の方向の指差した。しかしこの地点から橋は見えていない。

「あっち? あっちでいいの?」とおっさん。

うなづく俺。

「そうか、ありがと」とおっさん。

そして再び自転車をこぎ出す俺。

俺が指差した方向は間違いではない。しかしその方向へ進んだあと、右手にある橋を渡らなければ母校へは辿りつけない。橋をスルーし真っすぐ行くとあらぬ方向へ進むことになる。

橋の存在を教えてもらえなかったおっさんは無事に中学へ辿りつけただろうか……。思いかえすと本当に申し訳ない。

それから数年たち、俺は大学生になった。

NEWDAYSでおやつを買い、電車のホームへの階段を下りている最中のことである。階下から女の人がこちらをじーっと見つめているような気がした。

階段を下りおわった瞬間、「あの、○○へ行くのってこの電車でいいんですかね?」

案の定である。

なぜだ。おばちゃんやおっさんのときは人通りの少ない道路ゆえに俺しか人はいなかった。だから俺に尋ねるしかなかった。

しかしここは駅だ。帰りのラッシュ時間帯だ。俺以外にも周りに沢山人はいるぞ。何故よりによって俺をロックオンした。

あれか、電車に詳しそうな風貌に見えたんか? オタっぽく見えたんか?

「えー、いいんじゃないですかね。○○って出てるし」と、電車の行き先を示す電光掲示板を見ながら言う俺。

俺が曖昧に答えたからか、女の人はなんか納得できないような顔をしている。そんな顔されたって俺、電車は全然詳しくねえよ! 自分が乗る区間のことしか覚えとらんわ!

なあなあな感じで女の人と別れ少ししたあと、俺の乗る電車が来たので乗りこんだ。そしてドアの近くへ陣取る。

ふと窓から向かい側の電車へ目をやる。と、さっきの女の人が向かいの電車に乗っているのが見えた。向かいの電車は女の人に聞かれた電車とは別物だ。

どうやら俺の答えた内容は間違っていたようである。ちくしょう。